久々のモデル撮影
当社では成人さんに和服の撮影だけではなく、自分の好きな私服等でモデル体験をしてもらいながら今の姿を残そうというメニューがある。

今年の一月に、名寄以北の子で、予約当日に事故にあって来れなくなったお客様がいたのだけど、先日電話があり、どうしても残しておきたいという事から、昼間はブライダルの前撮りがあるのでという事で夜の予約を受けた。
翌日には道東方面に朝から走らなければならないから、日をずらしてもらおうかと思ったが、撮影の為に休みまで取ったと言うのでその気持ちに応えるしかない。

また、私服の他に私の作品「ガラスの女」シリーズのモデルもやってみたいと言う話だった。

雪が降り出したが、心配をよそに元気に登場。

始めは慣れるために軽く立ちポーズから、手足の運動w
次第に色々注文をつけながら動いてもらう。
女は化ける!w どんどん表情が生き生きと変わってくる。

こちらも出来る限りモデルさんの良い角度を探しながら、次のステップを考える。

今日のモデルさんヒールを履いたら175センチ・・・デカッ!
デカイ女性を見ると悔しくなる・・・うちでは背の話は禁句ですwww

デカイから悔しくて、あえてマクロレンズで目だけにピントを合わせてみた。(デカイのは関係ないですがw)

優しい目、鋭い目、色々注文する。

目だけで表現するのもなかなか面白い。

新しいセットで撮影してみたり、色々実験的にも撮影してみた。

今後の為の手応えはあったような無かったような・・・

撮影も進み、いよいよガラスの撮影。

普段はヌードだけど、背丈のバランスを考えるとヌードには向かないと判断し、キャミソールで撮影する事にした。

先程の目の撮影のせいか、どうしても寄ってしまう。

今度はガラスの中で唇を使って、女を表現してみる事にした。
ガラスに近付けたり離したり・・・呼吸の仕方を変えてみてもらったり・・・モデルさんとは別の女が浮かんだり消えたり・・・

面白い! ストロボを強くしたり、モデリングランプだけで写してみたり、色々試してみた。

今年の夏の全国大会で、自分の言われた弱点を克服するように意識しながら夢中でシャッターを切り続けた。

まあまあ手応えを感じたところで撮影終了。

やっぱり作品と言う自己主張出来る撮影は面白い。
同時に撮影しながら考えた光を次回はもう少し煮詰めてみたいと思う。
(2008.11.3[Mon])

原点を考える
かなり長くなりそうな日記だけど・・・

先日日記に書いた稚内から勉強に通ってくれている子と話をしていると、自分の写真に向き合う始まりや今に至るまでの
事を振り返るようになった。

中学を卒業したら料理の世界に行きたいと思っていた。
親が泣くほどのどうしようも無いヤンチャ坊主だったけど、自分の生きる道は自分で切り開く!そういう気持ちは人一倍強かったかもしれない。

小学校5年生の時、親に土下座をして釣竿片手に一人旅を始めた。

目標は北海道一周。

その時の台詞を今でもはっきり覚えている。

「僕は好きで自営業の子供に生れたわけじゃない、友達は日曜日になれば親と色んな所に遊びに連れて行ってもらったりしているのに、うちはいつも日曜日は忙しいから遊びにも連れて行ってもらえないじゃないか。 だから僕は一人でも色んなものを見たり聞いたりしてみたいんだ。 もし何かあって死んでもそれが自分の運命なんだから諦めてよ・・・」

若干10歳か11歳の時の台詞だったと思う。

親は何も言わなかったが、その旅の始まりの最初の行き場所を、
斜里にするならと許可してくれた。
斜里には祖父母や親戚がいて、駅のすぐ近くに釣りの好きな従兄弟が住んでいることから電話でお願いをして夜行列車に乗せてくれた。
小学校の卒業文集にもその時の事を載せるくらいの大冒険だった事を思い出す。

それから毎年のようにあちこちに足を延ばし目標は達成できた。
この大冒険が自分の始まりだったような気がする。

目標を持つ事、その目標を達成する為に前に進む事。
それが夢を叶える事。
そう信じて生きてきた気がする。

話は戻って・・・料理人になりたいと言った時、せめて将来の為に高校位は出てくれと言われた。

その時の台詞は・・・
「高校に行きたくないからではなく、料理人になりたいからこそ
高校に行くより社会に出る事を考えたし、今の学校では将来の為になるような勉強は出来ないって思ってる」・・・だった。

その時の父親の台詞も覚えている。
「そうか・・・別に跡を継げとは言わないけど同じ写真の世界で
同じ土俵でお前と勝負してみたかったなあ・・・」

その一言はかなりきつかった。

三日間くらい寝れなかった。

とりあえず高校に行ってもう一度将来のことを考えることにした。(かなり前の日記にあるように試験当日途中で帰ってきちゃったけどねw」

そんなこんなでいよいよ決断の時がきた。

「三年考えたけどオヤジのレールを歩くのはやっぱり嫌だし、オヤジの経営のやり方では俺の時代には必ず無理がくると思う。
もし写真をやるなら自分で勉強させてもらいたい人を探したい」

こんな台詞を覚えている。

父親は「そうかあ・・・凄い先生が居るんだけどなあ、まあお前の気性じゃしょうがない、好きにすれば良いさ」と言ったのを覚えている。

それから毎日あちこちの写真館のウィンドーを見て歩いた。

そんな時モノクロの肖像画を飾っている写真館を見つけた。
良いとか悪いとかそんなものは解らないけど、とにかくカッコイイ!! これだけだった。

早々に父親に、「すげえカッコイイ写真を見つけたから一緒に来てくれ!」そう言ってその写真館に連れて行った。

そして言われた一言 「お前を預かってくれるのは此処だぞ」

それが自分の写真の原点 清水正之 との出会いだった。
自分18歳 清水65歳 親子より祖父と孫というような年の差だった。

それ以来、80歳で亡くなるその場その時までずっと追いかけ続け、技術より写真に向き合う姿勢や心根の部分や礼儀を教えてもらったような気がする。

型物の大切さ、写真を残す意味、写真だけではなく遊びも教わった。とにかく我侭な爺さんで豪快な人だった。

夜中の1時頃、気を使ってそろそろ帰りましょうかと言ったら、
馬鹿野郎夜はこれからだ!遊びが出来ん奴は写真も出来ん!と叱られたのは今でも語り草だ。

自分の写した写真の事に対してアドバイスしてくれるのも、ようやっと酔いがまわって初めて本音で話してくれる。
だから遊びの時にも気が抜けなかった。

日本の審査員になった時には普通の人が入れない審査会の席にも連れていってくれた。
一言も喋れず、清水の後ろで直立不動で一日中気をつけの姿勢で立っていた事を昨日のように思い出す。

もし清水にお前は写真に向かないから足を洗えと言われたら素直にハイと言えると思っていた。
米も買えない様な貧乏な時でも借金をしてでも着いて歩いた。

その分信用もしてくれた。

清水の作品を見せられながらお前の正直な意見を聞かせてくれないか?と言われた事があり、「周りの人は褒めていたけど、この光の調子は清水の調子とは少し違うと思います。」とビビリながら答えると、嬉しそうな顔で「そうだよなあ、誰も俺には本音を言ってくれないけど、お前は写真には正直な男だから聞いて良かったよ」と言われ嬉しく思う自分と老いていく人の寂しさを感じた。

清水が80の夏、一緒の部屋で酒を飲みながら写真について語り明かした。
清水に教わった事の全てを集約して、今自分が考える写真の光と影、その大切さ・・・生意気でも有りっ丈の自分の気持ちをぶつけた。

「お前の若さでそこまで考える事が出来るなんて、俺はもう思い残す事も無いし、いつ死んでも良いくらい嬉しいよ」・・・そう言いながらその部屋で永い眠りについた・・・

この時はさすがにショックで写真が写せなくなった。
モノクロも一年間暗室にすら入れなかったし、今も逃げ出したいくらいの葛藤がある。

でも、撮影に集中すると今でも清水の声がはっきりと聞こえてくる。
「女性の手は小さく写しなさい、頭の先から足の先まできちんと目配せしなさい、ライティングの繋がりは大丈夫かい?・・・」

もしこの出会いが無ければ今の自分は間違いなく存在していない。それより写真の世界にも存在しなかったと思っている。

人は皆、縁ですねというが、夢を叶えるのも自分なら、人の縁を築き上げるのも自分自身だと思っている。

話はえらく長くなってしまったけど、この数日撮影をしながら自問自答を繰り返している。

俺は弟子だのなんだのなんて持つ身分では無いし、持ちたいとも思わない。
でもこの頃見学したいとか勉強させてくれと言う話が多いのも確かだ。
先日も東京から給料は要らないから住み込みでも何でもいいから
勉強させてくれと電話があった。
今は義理がある稚内の子が来ていて、見学は良いが 一人にしか集中できない器の自分でしかないからと断った。

というより、何故か不思議と懐かしい匂いのするその子に不思議な何かを感じてならない気がして、今の自分の持っているものを伝える事で自分自身も素直な心で一緒に写真というものを見つめなおす事が出来るような気がするからなのだ。

でも同時にもしこんな自分に何かを感じてくれる人がいたとして、俺は何かを伝える事ができるのだろうか?
何を伝えるべきなのか?

俺の言葉は清水の教えから得たものでしかない。

稚内の子にしても、代々続いている老舗のお嬢さん。
ご両親をはじめ先人達が御苦労されながら築き上げてきた物を
否定する事は絶対に失礼な事であり、してはいけない事。

反面、写真と言う一枚の表現を考えれば、今のマイナスの要因は壊さなければそれ以上には絶対にならないのも確かな事。

他の子達は皆、男も女も関係の無い扱いの中で、親も承知の上で望んでいる事だし、勝手に寝泊りもさせてもらったり俺の方が世話にもなっていたりするし、スタジオも有る程度自由に触らせてもらっている。
会社の顧問やアドバイザーにという話もあったり、見届け人という話があったり・・・それなりの付き合いの中で俺というものを
放任してくれている部分が多い。

でも同じように先人達の築き上げてきたものを絶対に壊す事は出来ないし、先人達の思いも伝えていかなければならない。

そう考えると人に何かを伝える事の難しさや、自分の責任というものをあらためて考えさせられる。

明石家さんまの次に適当な男だけど、写真に関してだけはこんな風に考えてしまう今日この頃・・・
2008.11.1[Sat]

ラジオ中継
アナ・・「今日は国道40号線士別市からの中継です。
     国道沿いに一際目立つ黒いお洒落なお店を見つけまし      た。
     スタジオ夢物語さんという写真館の前にお邪魔していま     す。
     ウィンドーにはお洒落な撮り方をしている赤ちゃんの写     真や、可愛らしい七五三の写真が飾られてます。
     オーナーさんからお話を聞いてみましょう。
     おはようございます」

夢・・ 「おはようございます。麻生太郎です」

局・・ 「ぶっ!www」
アナ・・「wwwwいつもの面白CMでもおなじみの夢物語さんです     がやっぱり面白いですよね〜w」・・・・

朝から名寄のFMラジオ「エアてっし788」さんが取材に来てくれた。
店の前での生中継なかなか面白かった。

お陰様で今年成人を迎える まるちゃん(AM7:00〜9:00担当)の
成人記念写真の予約を頂いてしまった。

でも・・・士別で聞けないのがちょっと残念!

そいえば前にもジョージアが提供しているTV番組に取材された時にも収録が終わってから、TVHは士別では入らないと言う事が発覚。
大爆笑したのを思い出してしまった・・・・

インターネットの光を士別にも・・・・それも良いけどTVHを何とかしてくれ〜〜〜!

全国区よりまずは全道区くらい行かなきゃなあ・・・
(2008.10.24[Fri])

稚内から・・・
先日メーカーを通して写真を勉強したいと言う女の子、子?ん?
女性? 31歳はやはり子なのか?・・・まあそれはおいといて、稚内からスタジオ見学を兼ねて写真館の跡継ぎ娘さんがやってきた。

今まで過去にそのメーカーから紹介で来る人間は写真というものを舐めている人間ばかりで、人間的魅力も義理もくそもあったもんじゃない。

色々考える事もあり、今回ははっきりと、俺が10年も20年も掛けて得たものや人の何倍も苦労して得たものを簡単に教えてもらえる、簡単に得れると思われたくもないし、礼儀の無い人間ばかりじゃお話にならないと伝えた。

見学に来るのは良いが、後は本人次第。

だいたい写真も知らないようなメーカーの人間が知ったかぶりをして簡単に語るな!とついつい荒くなってしまう。

デジタルの時代になろうが何だろうが、写真をやる人間の心根を崩してはいけないとこの頃つくづく感じてしまう。
光を作るのも、シャッターを切るのもカメラマンという一人の人間の感性には変わりは無いのだから・・・・写して写っただけの偶然性の中でたまたま良い写真が写ってしまっただけで勘違いして天狗になってしまうこの業界の若い奴らに呆れている。

こちとら毎日光とにらめっこしながら一枚の絵を考えて考えて苦しみながらやっとの思いで作り上げているのだ。

まあそんな気持ちもあって、とりあえずは見学はOKした。

それでも、性分なのか何なのか・・・・
色々話しているうちにライティングの講習会が始まってしまった。

彼女に自分で自分の店の設定と同じライティングをするように伝え、まずは一枚写してみた。
次に私がライティングして一枚。

テレビに映し出すと子供でも解かるくらいの違いがある。

彼女の目付きが変わった。

落胆の目ではなく、ギラギラしてきた。

試しに軽く光の置き方をアドバイスし、彼女のライティングの欠点を伝え、もう一度ライティングをしてみるように伝えた。

俺は疲れたから出来たら呼んでくれ。 あとは放置プレーだ。

ややしばらくして呼ばれたので、一枚写してみた。

まあ見事に変わった。

でもここまでは誰でもやれる世界。

あとは稚内に帰ってもう一度自分のスタジオの環境でやってみて、
写したものを持ってきて見せるように伝えた。

数日後彼女から連絡があり、うちの撮影のある時にお邪魔したいとの事・・・彼女がやってきた。

プリントを見せてもらってビックリ。

見違えるくらい良くなっている。
内容は無いようってな感じの写真だけど、光の置き方が素直で、
うちに来た子達の中で一番早くスタートラインに立ったなという感じだ。

色にも気を使って、プリントも工場とだいぶやり取りしたらしいが、色の見方もセンスが良い。

きっと帰ってから相当スタジオでライティングを練習してきたのだろう。
それがきちんと写真から伝わってくる。
下手くそなんだけど、ちゃんと伝わってきた。

それであればこちらもきちんと応えなければならない。
成人さんの撮影が二軒入っていたので、それを見せながら夕方から
美容室の先生に頼まれた成人の見本撮りに入ることを許可した。

来ても何かが伝わってこなければ、成人のお客様の撮影を終えたら帰ってもらうつもりだった。

モデル撮影は私の持っている全ての光が飛び交う。
だからこそ普段は他人に見せる事は無いのだけど彼女の努力に
対して応えるために無言で見せた。

約二時間の撮影を終えるとスタジオから美容室の先生やスタッフさん達から歓声があがった。
拍手とお疲れさん!の一声で終了。

彼女の目がギラギラしているのが解かった。

その後食事をしながら、彼女のスタジオの話や今後の方向性や、色んな話をしたけど、ちゃんと向き合いながら食らい付いてくる。
私も写真の話になると朝までガンガン行く方だけど、彼女もそのタイプらしい。

結局朝5時過ぎまで話が止まることはなかった・・・・

翌日の朝スタジオに下りると、彼女がスタッフ達と話をしている。
聞くと、目を瞑るとストロボの光が浮かび上がってきて興奮して眠れなかったそうだ。

自分の昔を思い出してしまった。

負けないように頑張らなきゃ・・・
(2008.10.23[Thu])

義理がたい奴
玄関先でどこかで見たような車が通り過ぎて行った。

しばらくしてすっかり忘れた頃、息を切らした0君が入ってきた。

やっぱりそうか・・・

「どうした?生きてたのかw 何をそんなに慌ててるんだい?」

「いやあビックリしました。HPの日記を見て、改装しているのを知ったんですが、そろそろかなと思って見学に来たんですがあまりにも変わってしまっていたので通り過ぎて、気付いたら士別の出口でした」

「ハハハ、まあ自分でもビックリするくらいイメージ通りに仕上がってくれてホッとしているところだよ」

「内装もメッチャ綺麗じゃないですか・・・突然どうしたんですか?前のスタジオだって綺麗だったじゃないですか」

「どうしちゃったんだろうね?まあ意地と言うか何と言うか・・・
3年後、5年後、10年後の自分や街の情勢や色んな事を考えているとここに行き着いたって感じかなw」

「デザイナー入れたんですか?」

「いやいや士別にデザイナーなんていないし、これくらいは自分でやれるだろうよ」

「ひょえ〜!自分には思いつきもしませんよ」

「まあそりゃ俺みたいな天才はそうそう居るもんでもないけどさwww、これくらいではまだまだ!新築で建てるならもっと面白いアイディアを沢山持ってるよ。銭がさあ・・・銭が!
銭が無いから金を掛けずに化けさせるのは大変なわけよ!www
で?どうしたの?」

「どうしたのって、お祝い届けに来たんですよ。
それに先生が新しいお店を手掛けているんですもん完成が楽しみで
しょうがなかったし、絶対に見るだけでも勉強になると思って走ってきました」

「馬鹿だなあ・・・こんな御時世だから迷惑掛けると思ってそんなに知らせてないんだぁ。 親兄弟にもたいして話もしてないんだよ」

「先生!何を弱気な事を!こんな時代だからこそ俺ら義理を無くしたら何にも無いクズになっちまいます。
しょうもない自分に声を掛けてくれたから今の自分があるんです!
どんな事があっても近くの情より遠くの義理と教えてくれたのは
あなたです!一つ頂いたら十返せ!この教えで自分もなんとか仕事させてもらってます。」

「まあそんな事もあったっけなw何年ぶりだっけ?」

「スタジオにはオープンの時以来ですから13年ぶりかと」

「俺の個展の時にも来てくれたじゃん。あの時はありがたかったよ
 ありがとね」

・・・・こんな会話から始まり久々にO君との再会に盛り上がった。 彼は写真関係でも何でもなく全く畑違いの仕事をしているけど、20年位の昔、仕事の事や人付き合いの事などで一度相談にのっただけの間柄。
普段は会う事も無ければ殆ど連絡など取った事も無い。
でも私に何かあると必ず顔を出してくれる。

ヤンチャだった彼も今では会社の経営者・・・
肩で風を切って歩いていた男が今では誰よりも腰の低い男に変わっている。
人は必ず変われる! 彼を見ているとそんな言葉が浮かびます。

こんな時代だからこそ・・・・義理人情 そんな言葉も忘れ去られ、不義理な人間が多い中 久々に心に響きました。

忘れていた何かを思い出させてくれたO君に感謝です。

久し振りに日本酒持って師匠の墓参りにでも行ってみようかな・・・
(2008.10.21[Tue])

外装完成
朝早くから窓の外が騒がしくて目が覚めた。
まだ7時半・・・・窓を開けて外を覗くと大工さんと目が合った。

撮影の予約が入っているみたいだから少しでも早く足場を撤去してあげよと思ってね・・・とかなり気を使ってくれたみたい。

ようやく外装が完成した。

自分の描いたデザイン通りの仕上がりにちょっと感動!

目立つ、とにかく目立つ。

存在感たっぷりのガルバ素材で黒武装のいでたちに、入り口の柱には優しいイメージのナチュラルウッドを使ってみた。

うちはブライダルや若い女性客と子供の撮影が多いので、若者向けには黒をベースにモノトーンにしてみたかった。
でも黒一色では重過ぎる。
悩んだ末に、入り口の太い柱にウッドを使って温かみを出してみようかと考えてデザインしてみた。

これで内装外装共に全ての工事を終えた。

建設会社の社長さんをはじめ、現場の大工さんや関わった大勢の皆さんのおかげで今日を迎える事が出来ました。

本当に感謝致します。

それと共に皆さんを裏切らないよう、更に頑張らなければならないと考えます。

2008.10.18[Sat]

リニューアル外装着工

内装工事が終わり、5日から御客様の撮影を再開した。

9月末のご予約の全てのお客様に説明をすると全員新しいスタジオでの撮影を希望され、完成まで待ちますよ と快く承諾をして下さりました。

うちのお客様は皆さん本当に協力的でいつも助けられています。

3日に内装が終わり、4日に清掃。

ところが・・・・ 肝心の撮影のライティングが・・・・
夜中の2時近くまでかかりながらなんとかテスト終了。

5日の日は朝から成人さん、百日赤ちゃん、誕生、一年に一度の家族写真等、多種多様なお客様が来店。

早速新しいセットでの撮影を試みてみた。

いける!私の思い通りの光に包まれて独特の空気感が漂っている。

お客様にも伝わるのだろ・・・私がシャッターを切るたびに
ワァ〜! と歓声が上がる。

写真の仕上がりも大切だけど、写されている瞬間の記憶も
お客様にとっては思い出になるものだと私は常々考えている。

そこまで考えて仕事に取り組まなければカメラマンでは無い!と
若いカメラマン達にも伝えたい。

まあそんなこんなで、何とか撮影を再開することが出来るようになった。

しかし・・・

まだ外装が出来上がっていない・・・

一日も早く広告を出すなり、告知したいのだけど、外装が出来ないのにどうにもこうにも・・・

そんなわけで、本日ようやく足場を組む運びとなりました。

本当は一気にホームページ上でもアップしたいのですが、特別に
私の日記を見てくれた人だけに完成予想図をお見せしたいと思います。

きっとこんな感じに仕上がると思います。
いやいや必ずこのように仕上げて見せますw

工期は一週間程ですので皆様どうかご期待下さい。
(2008.10.8[Wed])

リニューアルオープン3
やっとなんとか内装工事が終わりました。

白と黒をベースに思い通りのお店が出来上がりました。
スタジオ内の色んな場所で撮影が出来るようになりました。

色んな想像が膨らみます。

外装工事は来週中に完成予定です。

2008.10.5[Sun]

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