奥山陽一のコラム

2012/08/11

い の ち

 

数日前にお客様の肖像写真を撮影させて頂いた。

 

以前に何処かでお会いをしているような気がしたがなかなか思い出せずにいた。

 

 

洋服の隙間から数本の管が見えていた。

 

最後の思いを叶えたいと無理を言って病院から抜け出してきたと笑いながら話してくれた。

 



 

 

二人の姉妹が身体を支えながら身支度を手伝っていた。

 

姉妹の目には涙が溢れていた。

 

カツラを優しく撫でながら可愛くなったよと二人が鏡越しに声を掛けていた。

 

私にはこの撮影が何を意味するものかは言葉が無くとも十分に理解できた。

 

 

まだ若い方なので自然光の中で優しく包み込むような光の中で撮影をさせて頂く事にした。

 

ガラステーブルを用意し、カフェでゆっくり癒されているような雰囲気を演出した。

 

カメラを覗いた瞬間手が震えそうになり、目が熱くなった。

 

 

普段の私はカメラを覗きながら撮影する事はしない。

お客様と顔を合わせて会話をしながら自然な表情、自然な仕草の一瞬一瞬でシャッターを押していく。

 

しかしこの撮影では自分の顔をカメラで隠したかった・・・・

 

涙で滲んでお客様の姿がよく見えなかった。

 

私はカメラを向けるとお客様の色んなものを感じる。

 

今回の撮影ではお客様の命の重みを感じた。

穏やかで優しい眼差しに全ての覚悟が現れていた。

 

この頃元気なうちに写真を残しておきたいというお客様がよく来店してくださっている。

もちろんそれは先々の為にという思いの中での事なのだけど、それとは全く違っていた。

 

上手く言葉に出来ないけど、お客様自身から命を発していた。

もうすぐ消えていきそうな淡い炎のような色を感じた・・・・

静寂の中、最後のエネルギーを全てこの撮影に注いで下さっているのが伝わってくる。

 

不謹慎かもしれないが、今息をひきとる人を看取っているかのような錯覚を覚えた。

 

私も命の覚悟は出来ているつもりでいたが、自分がまだまだ温い事を思い知らされた。

 

二人の姉妹が撮影している姿を見ながら手をギュっと握り締め、物陰に隠れながらそっと涙を拭いている。

 

そんな二人にあえて私の側に立ってもらい声を掛けて頂いた。

時間が止まり、姉妹三人の思いが重なっていくのが伝わってくる。

同時に私の気配は消えていきそこには存在しない。

その瞬間にシャッターを切らせて頂いた。

 

その後三姉妹で一枚だけ撮影させてほしいと御願いした。

これからも色んな思いを背負って生きていく命もそこに現実に存在している。

三人とも本当に良い笑顔で撮影させて頂けた。

 

 

撮影後にこんなお話を聞かせてくれた。

 

「数年前に癌だと解った時に自分が残せるものは何かを毎日色々考えていました。

自分はいつか灰になって消えてしまうけど、家族だけには私が生きていた証を残したかったんです。

それが写真でした。

最後に残す写真は絶対に奥山さんに写して欲しかったんです。

病気になる前にガラスの女の個展を見せて頂いて、それからホームページを見せて頂きました。

奥山さんの写真が好きで、こんな不細工な私でももしかしたら綺麗に写してくれるかもしれないと思っていつか絶対に御願いしたいと思っていました。

でもまさかこんな形で夢が叶うとは思いませんでしたけど、私の最後の最後の写真を撮って下さって本当に有難う御座いました。

これで私も眠りにつけます・・・・」

 

本当にありがたいお言葉でした。

しかしそれに対して私は言葉が見つかりませんでした。

 

 

そして姉妹の妹さんが話してくれた。

「東京から姉が見舞いに来て、それまで身体を起すことも出来なかったのに突然起きだして、今から直ぐに写真を写しに連れて行ってほしいと言い出したんです。

一度こちらに電話をしたらお留守のようだったので、他の写真屋さんに行こうと言ったら、姉が夢物語じゃなきゃ写す意味が無いって言い出したんです。

従業員さんに御願いしてでも夢物語の奥山さんに連絡を取って欲しいというので、どうしてそこまでこだわるのか解らなかったんですけど、今日撮影をしてもらって姉の言う事が理解できました。

本当に有難う御座いました・・・」

 

写真をやってきて良かったと心の底からそう思えた。

 

そしてこの会話でお客様と以前にお会いしていた事をハッキリと思い出した。

 

道端で声を掛けて下さり、いつか撮影を御願いしたいのだけどこんな私でも大丈夫でしょうか?

綺麗に写して頂けますか?その時が来たら必ず御願いします と言ってくれた人だった。

その時は頭に赤いスカーフを巻いていて元気な笑顔で話していたから思い出せずにいたのだ。

 

その時には既に病が進行していて余命の宣告を受けていた後だったと聞かされた。

 

最後まで言葉が見つからないままお客様を見送った・・・・

 

 

そして昨日電話が鳴った。

妹さんからの電話だった。

何も言わなくとも全てが理解出来た。

 

撮影後自分の家を見ておきたいと自宅に戻ったたのだけど、そのまま意識を失い運ばれたそうだ。

僅か数日前の事だ。

色んな思いが頭を駆け巡った。

撮影中無理をさせてしまったのではないだろうか。

無理をしなければもう少し家族との時間を過ごす事が出来たのではないだろうか・・・・

どんな思いで私の元に来て下さったんだろうか・・・

 

 

写真を始めて25年以上になるけどこんな気持ちで撮影をさせて頂いた事は数少ない。

でも常にお客様を撮影させて頂く以上はこの気持ちを大切にしていかなくてはいけないと心からそう思う。

 

たかが一枚の紙切れでも命の重さと同じ重みを持った一枚に作り上げていきたい。

そのたかが一枚の紙切れに自分の全てを掛けて挑んでいかなくてはいけない。

 

 

私は「命」を撮影させて頂いているのだから・・・・

 

 

通夜は明日との事。

 

 

本来こういう場に書き記す事ではないかもしれないが、自分を律する為にも此処に書き記しておきたい。

 

 

こんなにまだまだ至らない私に最後の思いを託して下さり本当にありがとうございました。

撮影後に握手をさせて頂き、ギュッと握り返して下さった手の温もりを忘れません。

これからも真っ直ぐ写真の道を歩く事をお誓いし、故人様の御冥福を心からお祈り申し上げます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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