2012/07/29
不思議な出会い
昨日の上富良野の撮影の帰り道の出来事・・・・
疲れていたのか道を一本間違えた。
国道40号線に出て旭川の街外れで信号待ちをしていると私の車の前で人が倒れた。
えっ??????
ボーっとしていたせいか一瞬自分がぶつかってしまったのかと思い、慌てて車を降りた。
70歳くらいのおばちゃんが倒れていた。
大丈夫ですか??
大丈夫、大丈夫!
足がフラフラしてしまっただけです。
ホッとした。
どこまで帰るのか訊ねると、旭川刑務所と答える?
え????
良く話を聞くと実際は東鷹栖の山の中なのだけど、おばちゃんは横浜から越してきた人らしく旭川刑務所が自分の目印らしくそこまで行けば道を案内できるというのだ。
しかし歩いていた方向が全く逆方向。
おまけに転んだ拍子に肘を擦り剥き血が出ている。
それと口では説明しにくいが何となく酔っ払っている人とはまた少し違う雰囲気なのが気になり、
少し遠回りになるけど送ってあげることにした。
おばちゃんはずっと小声で ありがたい、ありがたい、ありがとうございます。本当にありがとうございますと言っていた。
旭川刑務所まで辿り着き、おばちゃんにお家はどこですか?と訊ねると〇線〇号と答えるだけ。
何処の〇線??
おかあさんしっかりして! もしかして東鷹栖かい?
〇線〇号です。
困った完全にいかれてるぞ・・・・
かといって人気も無い暗闇に降ろしていくわけにもいかない。
車を停めてナビでそれらしき住所を調べてみることにしたがそれらしき住所が見当たらない。
集中してナビで検索していると・・・・・
後ろの席からいきなり手が伸びてきて私の肩口をギュッと掴んだ。
うわぁっ!!!!
口から心臓が飛び出しそうになった。
暗がりの中で痩せこけた顔でナビの反射で目だけが浮かび上がった。
夏のホラーかよ!!
ビックリしたけど失礼かと思い冷静にどうしたの?と聞くと、泣きながら身の上話をはじめた。
おばちゃんは癌で余命三年と宣告され、余生を田舎でのんびり暮らしながら一人で静かに死んでいきたいと思って人気の無い東鷹栖の山の中に小さなボロの空き家を買って住んでいるという。
更に息子さんを三歳で亡くし、消防士の旦那さんも結婚して三年で火事の現場で殉死した話を聞かされた。
そしていきなり、私がその亡くなった息子さんの雰囲気に似ていると言い出した。
悲しいのも寂しいのも解るが、酔っているせいだろうと思い半信半疑だけど、これも私の性分なのか
黙って話を聞いた。
その後おばちゃんの道案内で車を走らせるが、完全に道に迷ってしまった。
この辺は何処も似たような雰囲気で、おまけに街灯もないような暗い道ばかり。
坂道を登ると山の麓で行き止まり。
引き返してはまた似たような道を登る事を繰り返した。
おばちゃんも焦っている様子だった。
すみません、すみませんを繰り返す。
住所らしきものも目安になるようなものも何も無い。
1時間近くしてようやっと見覚えのある道に出たらしい。
全然違うエリアをひたすら走っていただけだった。
その間何度もバックミラー越しにおばちゃんの姿を確認した。
もしかしたら消えていなくなっていたらどうしようなんて事を本気で考えてしまった。
道路脇に細い砂利道があり、そこを上れという。
携帯の電波も圏外。
周りは林のようになっていてとても家があるような雰囲気ではないが、とりあえず上がっていくことにした。
上がってビックリ!! ちゃんと家があるではないか。
おまけに何百坪あるのだろうかというくらい広い敷地でベランダにはウッドデッキ、庭にはウッドテーブルやウッドチェアが並んでいた。
たしかに家の作りは普通の家ではあるがどこがボロ屋なんだ?
窓から灯りが見え、同時に何かの影が動いたので家族の方が居るのだと思った。
おかあさん、ちゃんと家族の人が居るじゃない?
この時点で、内心やっぱりただの酔っ払いのクソババアじゃないかよと呆れていた。
家族なんて居ません、私一人で死んでいくんです。
はいはい、勝手に三回くらい死んでみたら良いんだわ!と内心本気で呆れていた。
酔っているのかヤバイ人なのか良く解らん・・・・・
いやでも、ほら、家の中に人影がありますよ。
あれは私が飼っている犬です。
え?? 嘘でしょ? セントバーナード? 犬じゃなく熊じゃないの?
人が来ると吼えまくるから気をつけろとのことだった。
おばちゃんをさっさと降ろして逃げようと思っていたが、玄関の前でしゃがみ込んでいる姿を見て、
フーっとため息をつき、しゃあないなあとつぶやきながら再びおばちゃんの元に駆け寄った。
フラフラしていて鍵が開けられない様子。
鍵を開けるのを手伝い玄関の戸をあけると見たことも無いような大きな犬が顔を出した。
デカッ!!
吼えるどころか尻尾を振りながら身体を摺り寄せてくるではないか。
犬の名前はゴン。
おばちゃんもその様子にビックリしていた。
そしてまた涙を浮かべながら、やっぱりあなたは息子の生まれ変わり・・・・・
ゴンがはじめて他人になついているのよ・・・・・
流石の私も困った。
こんなに親切にしていただいたのだからどうか上がってお茶だけでも飲んでいって下さい。
普段なら酔っ払いなど相手にしないのだけど、何故か断る言葉が見つからなかった。
玄関を恐る恐る上がり、部屋に通されてビックリした。
家の表向きは本当に普通の家なのだけど、中はまるで外国の宮殿の様で一瞬立ち止まってしまった。
やっぱり夢でも見ているのだろうか?
此処は何処? 私は誰??
天井からはシャンデリアがぶら下がり、壁には2m以上はある昔の柱時計。
大きな洋風のサイドボードには特殊な照明が施されており、中には見るだけで高価なグラスが綺麗に飾られている。
その下の棚には古いヨーロッパ調の子供の人形が沢山並んでいた。
家具の一つ一つも立派なものばかりだった。
ふと目をやるとミニチュアのベビーカーに同じくヨーロッパ調の赤ちゃんの人形が・・・・
まるで今にも動き出しそうな雰囲気に息を呑んだ。
家の中の空気が止まっているかのように静かでひんやりとしていた。
ボーっと立ちすくんでしまったと同時におばちゃんの話が嘘ではないことをその空気で全て感じ取ることが出来た。
言葉が出てこない。
何か会話をしなければ・・・・
このグラスはベネチアガラスか何かですか?
あなたそれを見て解るの?
いや何となく仕事柄色んな物を見て勉強させられていますのでそうかなと・・・・
じゃあこれを見てちょうだい。
奥の扉を開けると今度は囲炉裏のある和室。
壁には見ただけでも解るくらいの高価な着物がズラッと並んでいる。
おばちゃん一体何者??
床の間にはお茶をたてる為の道具が綺麗に並び、その横には様々な陶器が飾られているが、
どれもかなり高価なものばかりだった。
そこから100年前のロシアの湯沸かし器だというものを取り出し見せてくれた。
これは今まで見たことがない。
使い方を説明してくれた。
おばちゃんに写メしても良いか聞いたら、こんな死にぞこ無いの婆さん写さないでよと笑っていた。
違うってば!笑
おばちゃんも勘違いだと解って、笑いながらどうぞどうぞいっぱい写していって下さいと言ってくれた。
そして再びおばちゃんが話し始めた。
多分同じ話を帰るまでに5回は聞いたと思う。
それでも黙って頷いて聞いてあげる事でおばちゃんの寂しさが紛れるのならそれもそれと思い、
黙って話を聞いていた。
旦那さんが亡くなり、多額の保険金が入ったが旦那さんの両親がそのお金を見た途端人が変わってしまったかのように全てを取り上げられ家を出され、幼い娘と息子を背負って親戚を頼って横浜に移住したそうだ。
悲しみの中、子供を養う為に昼夜問わず必死に働き、そこから事業をおこし財産を築いたそうだ。
しかし不幸にも息子さんが亡くなり、全ての事業を捨てて残った娘さんを育てる為に必死になったそうだ。
そして余命3年と宣告され、財産の殆どを娘に託し、残りのお金で世界中をあちこち旅して歩いたそうだ。
そして考え抜いた据えに自分の生まれた北海道に戻り、静かに余命を全うしたいと思い、
偶然自分の思い描いていた土地と家が見つかったので購入したのだそうだ。
自然の力ほど素晴らしいものはない、余命3年の私が4年も生きてこられたのもこの何も無い自然の中に居るお陰です。
それにゴンも19歳で横浜に居る時に、獣医さんから人間なら90歳を過ぎているのだからもうそろそろ覚悟して下さいと言われていたそうだけど此処に来てから逆に元気になったと言う。
近所には他に民家も見当たらないような場所で人とのお付き合いも殆ど無く、家には誰も上げることが無かったという。
悲しすぎる・・・・・
相当の覚悟をされているのだろう・・・
胸が締め付けられる思いだった。
そして仏壇に手を併せ、囲炉裏を囲んでお酒を一杯だけ一緒に飲んで欲しいと言われた。
息子さんが生きていればこの囲炉裏を囲んで一緒に酒を交わすのが夢だったそうで、横浜から態々本体を運んで設置してもらったのだそうだ。
シャンデリアもイギリスで購入したものだけど、電圧が違うせいで取り付けるのにもかなり苦労したそうだ。
一杯だけ付き合って欲しいと言われるが、流石に時間も時間だし、車なのでという事でお断りをした。
涙を流しながらこんな事を話しはじめた。
あなたは私の息子のような人、必ずまた遊びに来て下さい。
私が生きているかどうか見て下さい。
お友達を連れて来ても良いし、お嫁さんや彼女が居るなら一緒に連れて遊びに来ても良いし、
みんなでお庭でバーベキューだって出来るし、何人来ても寝る部屋だっていっぱいあるから是非遊びに来て下さい・・・・
そしてもし私がここで息を引き取っていたなら迷惑かもしれないけど線香を一本立ててやってもらえませんか?・・・・・
そして娘がこの秋に嫁ぐ事が決まったのだけど、それまで生きていられるか解らないし、病気の事は一切話していないので、娘に申し訳なかったと伝えてほしい・・・・
でもいつか母になる時がくれば解ってもらえると信じていますと伝えてほしい・・・・
切なくなった。
苦しくなった。
私の母も癌を患っています。
悲しいことに私は命に対しての覚悟が出来ています。
親の死、自分の死・・・・
命は生まれた瞬間から必ず死に向かって歩き出します。
永遠の命は無いのです。
だから生かされた命をどう生きるかなのです。
私の母には大丈夫、死ぬまで生きるさと笑って話しました。
僕には自分がどう生きるべきかなんて解りません、だから今を頑張って生きるしかないのです。
どうかおかあさんあなたの口から娘さんに伝えてあげて下さい。
それが母としての責任ではないでしょうか?
僕には人様の命を背負う事など出来ません。
今日まで生きてきたんだから明日もまた生きて下さい。
必ずまた遊びに来ます。
今度来る時には士別のジンギスカンでも買ってきます。
庭で一緒に焼いて食べましょう。
そう話しておばちゃんの家を後にした。
玄関先でおばちゃんとゴンがバックミラーの視界から消えるまでずっと手を振って見送ってくれていた。
日常では有り得ない不思議な出会いだった。
もしかして夢でも見ているのだろうかとも思った。
明日になったらおばちゃんも家も何も無いんじゃないかとも思った。
もう一度引き返して確認しようかとも思ったくらいだ。
それくらい不思議な出会いだった。
士別に着いたのら2時を過ぎていた。
玄関を開けてホッとしたのを覚えている。
この出会いは何を意味するものか私には解らない。
でもこれも出会うべきして出会ったのだろうと静かに受け入れようと思う。